Written by 宍戸竜二 オフィシャルサイト

【本当の幸せとは】今すぐ幸せになれる方法、新しい解釈を身につけよう

幸せとは

悩めることは幸せだった

もし今、あなたが恋愛や結婚や仕事などの人間関係や、やりたいことが見つからない生きがいのことや、生活費以上のお金を得たいことなどで悩んでいて苦しい場合、以下のご質問に答えてみてください。

1.あなたは今、住んでいる家はありますか?その家は夏は涼しく冬は暖かく出来ますか?
2.あなたは今、好きな時にお腹いっぱいになれますか?
3.あなたはの体は今、五体の全てが苦もなく機能していますか?
4.あなたは今、命の危険がない生活をしていますか?

もし全てが「はい」であったのなら、冒頭のような悩みを持つあなたは幸せと言えるのではないでしょうか。
なぜなら人は、この4つの質問が満たされている時に、そのような悩みを持てる。と私はそのように感じています。

誰かとの比較ではなくて、自分がもしこの4つのどれか一つでも満たせてないとリアルに想像してみてください。
それでもまだあなたのその悩みを持ち続ける余裕はありますか?

誰かとの比較ではなく。と言いましたが、自分の幸せを感じるのに、誰かと比較することは得策ではありません。
なぜかというと、いくら自分がその人が何かに満たされていない。と見えていても、その人が幸せかどうかはその人にしかわからないからです。

ですので、自分がその状況だとしたら。と仮定して、自分の心の中にどのような思いが湧き上がるのか。
それを想像してみて欲しいと思います。

そして日本人は生まれながらに何もかもが満たされた幸せは民族であるはずです。
生活のインフラは整い、衣食住は十分すぎるほど行き渡ってはいないですか?
しかしなぜ、毎年3万人という自殺者が出るのでしょうか。
自殺未遂をした人で言えば50万人以上という数字があります。
「日本財団 自殺意識調査2016(速報)」

それは一つは満たされすぎている。それも一つの起因だと私は考えています。
満たされていることに麻痺をしてしまい、今満たされている以上のものでないと幸せを感じられない。
しかし、そんな幸せは中々手に入らない。そうして人は悩みの中に落ちていき、生きるエネルギーを失い、死を考えていくのではないでしょうか。

私の実体験

私もそのように今の暮らしが満たされているのに、様々な悩みに押しつぶされそうに生きていました。
結婚生活はうまくいかず、いつもお金が増えたり減ったりで一喜一憂し、イラストレーターとしても周りは皆ブレイクし、SNSを見れば誰かの成果にシーツの端を噛む毎日でした。

そんな時、ちょうどそのような思いもピークだった2011年の東日本大震災。
あの日の午後は、来客もあり、仕事も休んでおしゃべりをしていました。
突然足元がゆらゆらと揺れ出し、そのピッチがみるみる大きくなってゆき、家も電信柱も大きく揺らせる地震となりました。
神奈川の西のはじの小田原もかなり大きく揺れ、ニュースを見ると大惨事だとすぐに気がつく。
そしてしばらくすると海辺の町のここは、すぐに大津波警報が鳴り響きました。
夕方になるとさらには富士山の方で大きな地震が。

その時の悩みにまみれていた私の心境は、とにかく生きなければ。でした。
その現実に悩みなんてひとつ残らずどこかへ吹き飛んでいき、そんなことよりも、どうやってこの災害を乗り切ればいいのか。
頭の中はそれだけになりました。
そして不思議と体の中からは、生きることへのエネルギーが大きく湧き出してきました。それを今でも鮮明に覚えています。
しかしまた、通常の平和に生活が戻っていくと、夫婦間はギクシャクし、吹き飛んだはずの悩みが一つ一つ巣に戻る鳥のように戻ってきました。

私はこのことからも、悩みというものを持てるということは、今自分が平和であって、衣食住も満たされ、体もすべて正常に機能し、そのような満足した状態だからこそ持てるものだと実感しています。
だからこそ、悩みに落胆していても、そうだこれは今幸せだからだ。と再認識できるのではないでしょうか。

本当の幸せは100%自分でコントロールできることが望ましい

この世の中には、幸せを感じられるようなことは山のようにあります。
人がいれば人の数だけ幸せの数があるはずです。
ですので、幸せは人それぞれが自分で決めて、ただそれを受け取ればいい。
もちろんそうだと思います。
しかし生まれながらに幸せであるはずの日本人の幸せの定義はとてつもなく高いものになってはいませんか?

・家族に愛され、パートナーや友人に囲まれなければ幸せを感じられない
・仕事が成功し、沢山の人から認められないと幸せを感じられない
・好きなものが好きなように買え、雑誌などで紹介されるような生活がなければ幸せを感じられない

このように幸せのハードルが、とても高くなってはいないでしょうか。
そして上に挙げたような幸せを求めているのなら、それには必ず他人の協力が必要不可欠になってきます。

自分が求める幸せに、他人の意志が必要であればあるほどそこにはまた悩みが付属してくる。
自分が幸せになれるかどうかが、他人次第になってくるから。
それを乗り越えることも、幸せの一つだ。そう思えればそれは素晴らしいことだと思いますが、なかなかそうは思えないので人は悩みというものを持ちますよね。

自分一人で完結できる幸せとは

自分一人で完結できる幸せとは、自分が生きているという事実だけで幸せを感じられる

この一点ではないでしょうか。

仮に、
・あの場所に行かれたら幸せだ、一人でも行かれるから
・この絵が完成できたら幸せだ、一人で描けるから
・お昼寝ができれば幸せだ、一人で寝れるから

このようなものに幸せを感じられることは、より他人からの依存度も下がり、幸せを得られやすいでしょう。
とても素晴らしいことだと思います。そう思えただけ幸せな人生を生きていると言って何も差し支えないでしょう。
しかし今回は、究極で磐石な幸せの存在を感じて欲しいので、もう少しハードルを上げてみましょう。

先ほど挙げたこの幸せの行動に対して、このような解釈をつけてみます。
あの場所に行かれたら幸せだ、一人でも行かれるから
 ・その場所が閉鎖されたり入り込めない場所になってしまっていたら?
このコロナと過ごす時だから、かなりの制限が課せられてしまいました。行きたい場所に行かれないことで得られたはずの幸せが得られなくなってしまいました。

この絵が完成できたら幸せだ、一人で描けるから
 ・絵を完成させる間近に、絵の具がなくなってしまった。筆が折れてしまったが、社会の事情で絵筆を作ることができなくなってしまった(ちょっと無理があるかな…)絵が完成できない、得られる幸せがまた一つ減った。

お昼寝ができれば幸せだ、一人で寝れるから
 ・いつも心地よく寝ていた昼下がりのリビングのソファー。
しかし先日から大きなビルの建設が始まり、昼間は騒音で眠れない。ここで寝ていたからこその幸せが得られなくなった。

ちょっと強引なところはありますが、一理あるとは思いませんか?

今自分が生きているから幸せに感じられる

そこには他人の意志は100%必要ではありません。
自分がそう思うかどうか、ただそれだけです。
最強だとは思いませんか?

本当の幸せはとは、得るものよりも、自分で自ら作り育てられるもの

では、自分が生きているだけで幸せを感じるには、それはどうしたらいいのでしょうか。
それは、育てていく。ということではないでしょうか。

この満たされた日本で生きている限り、なかなか命の危険や飢えで苦しむことはありません。
なので、今生きていることの素晴らしさを感じられなく、幸せセンサーが鈍かったり、感度が低くなっていませんか?
それゆえに、今生きていることのすばらしさが当たり前すぎて、ありがたく思えなかったり、幸せに感じられなかったりするのではないでしょうか。
それは、当然で仕方がないことだと思います。
しかしそう思えなくても、全く自分を責める必要なありません。
自分を責めることは、自分の幸せを大きく引き離すことでもあるのですから。

ではどうすればいいか。
私もそのことに関して、いつも考えを巡らせています。
私の場合、自分一人で完結できる幸せも、
例えば、どこかバイクで走って気落ちよく海を見る。
とっても幸せな気持ちになります。
しかし、家に帰るとその感動は過去のものになり、現実に戻っていき、また新たな満足を求めたくなる。

好きな仲間とおしゃべりをする、好きな友達からメッセージがくる、好きな人とご飯を食べる。
その時は楽しくても家に帰ると、また現実は戻ってきて、寂しさがやってくる。
そんなことを感じたことはありませんか?
なので、また新たに外側から得られる幸せを求めようと陣力していく。

しかし冒頭お伝えしたように、寂しさを感じることや、何か新し物を得たいことなどがもし悩みになったとしても、それは今自分は本当は満たされているから持てる感情なんだ。
とその度に思うことで、幸せを感じるメモリは一つ動きます。
そこには他人や外にあるものの依存を必要としなくとも動かせるメモリです。

このように、悩みがあれば、それをその都度自分で解釈を変えていく。
それも大きな一つの幸せを育てる方法だと思います。

そのように、依存が必要のない幸せは、メモリを動かす幅はとても小さいと思います。
でも一つ一つ毎日、今自分がこの瞬間幸せになれる解釈を探してみることは、それが小さかっとしても、とも大きな一歩だと思います。

凍える冬にストーブを置くことで人は簡単に暖をとることができます。
しかし燃料が切れたり、壊れたりしたらどうしよう。という思いが付きまといませんか?
そうなれば、すぐに体は凍えてしまうので、また新たな燃料やストーブを用意する必要があります。
しかし自分が運動をすることで、体の内側から発熱ができたらどうでしょうか。
いつでも自分の好きなように、誰の力も借りずに発熱ができ、寒さを感じずに過ごすことができます。
その時初めてストーブがあってもなくても困らない心が作られるのではないでしょうか。

自分の心を内側から温める幸せは、今生きているだけで幸せだから

ではないでしょうか。

感謝を探す

今すぐ生きているだけで幸せになれる確実な方法は、それは感謝を探す。ということです。
それは、誰の助けも要らず、自分だけでできる行動です。
たとえ感謝を感じられなくてやもやしていても、それは今まで満たされた自分の状況を幸せに感じられなくらい麻痺していたということなのですから、それも仕方がないと言えるのではないでしょうっか。

感謝とは心に自然に湧き上がる「反応」です

それだけに、反応はなかなか自分ではコントロールできません。
しかしやはりそれを育てることはできます。

ですので、感謝を探す。という行動をすればいいのです。
その行動は自分100%コントロールができるものです。
その行動を、コツコツ繰り返していく。
そして感謝を認識できる場面が自分の中で多くなればなるほど、その反応は大きくなっていきます。

例えば、
蛇口をひねれば水が飲める(世界中見ても、飲めない国がほとんどで、これはとても貴重な現実です)
電気をつければ明るくなる
どこにでも潤沢に食べ物が売っている
買ったものは全国どこからでも運んできてくれる
家族が生きていてくれる、
家族と離れたとしても、元気で生きていてくれる

このように、嗜好品による贅沢を求めている限り気がつけないような満たされた現実ですが、
これはどの場面でも、多くの人がそのことに関わり、心血を注いだからこそ実現できていることばかりです。

そのような当たり前に思っていたけれど、実はとてもありがたいことだった。
というものはたくさん見つかるはずです。
そうしていくことで、外側ではなくて、自分の内側の幸せの感度が上がっていき、育っていくはずです。

まとめ

・もし今、生きることが満たされていることを忘れて悩んでいるのなら、
その悩んでいる今は幸せなのだ。
・外側の幸せだけで、自分の幸せを作らない
・人は生きているだけで幸せに思えることが、本当の幸せである

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