Written by 宍戸竜二 オフィシャルサイト

【作品タイトルのつけ方】タイトルで見る人の意識を心の奥へ降ろす 

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作品タイトルはどのような意味を持つものなのか

アート作品には必ずそれぞれタイトルというものが必ずあります。

題名ですね

作家として制作を始めたての頃は、どこか気恥ずかしかったり、考えるのが億劫でどうしても「nontitle」としてしまいがちです。
新人作家さんなどにはよく見るブランクタイトルです。
しかしそれはとてももったいないことだなと思います。
作品タイトルは、作者と鑑賞者とのとても大事なコミュニケーションツールです

作品タイトルは何でもいいからつければいいものではない、逆効果もある

失敗例から言うと、とにかく何かをつけなくちゃ、といってその作品からキーワードを拾って付けたりしたことありませんか?

例えば、りんごの素敵な静物画を描いたとして、それなのに
タイトル「りんご」
などとしてしまうことです。
せっかくの想いで描いたアートを、自らタイトルで説明してしまう。
そのビジュアルに引き込まれようとする心の動きを完全に阻害してしまいます、これ以上この世界に入ってほしくない、人は無意識にそのような疎外感を受け取ってしまいます。
作品をタイトルで説明するのは一番残念な例ですね。

作品に自信があり、ビジュアルだけでその世界に引き込める力があるからタイトルなどいらない。
と思う作家さんもいらっしゃるのかと思うのですが、ビジュアルだけでは引き込みきれない「心のひだ」というものがあるとわたしは考えております。

作品タイトルのつけ方で見る人を心の奥へ深くへと下ろす

私はデビュー前からタイトルについてはしっかりと時間を使い考えてきました。
タイトルを付けるときは必ず、その絵を描いた時、その絵の中に自分がいるとした時、その絵を自分が見た時、その自分の思考のもっと奥の心の奥にある小さな動きやインスピレーション、その辺りを慎重に探ります。
その時に思い浮かぶインスピレーションをうまく捕まえて、それを言葉にし、タイトルとします。

下記の作品を例に挙げてみます

「ある夏休みの朝に考えたこと」

というタイトルを付けました。
そしてもう一つ、作品に対しては小さなストーリーをつけています。
これは私が独自にしていることなのでご参考程度に。

見る人の意識を心の奥へ降ろす作品タイトルのつけ方
title_「ある夏休みの朝に考えたこと」
《 ストーリー 》
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✦ある夏休みの朝に考えたこと

今日は友達と、海岸のそばの大きな松の木がたくさん生えている公園へ遊びに行こうと約束をしていた。
朝早く冷蔵庫を開け、お母さんには内緒で僕は自分でお弁当を詰めた。
卵焼きが3切れあって、あとは白いご飯にふりかけをかけた。
お母さんが作ったおかかとゴマがたっぷり入ったふりかけ。
そのお弁当をいつもの青いリュックサックに詰めて僕は家を出た。

近所の小さく盛り上がった土を集めた場所で待ち合わせた。
友達は少しだけ早足で歩いてきて、斜めに水筒を下げていた。
「やあ」
そう言った友達の表情はいつもとは少し違って、真剣な目をしていた。
「行こう」
そう言った僕の声は自分でも違う誰かの声のようだった。

僕らは小走りで公園へ向かった。
川に沿った道を歩き、神社の鳥居をくぐり、壁に彫刻のある家の角を曲がった。海岸はもうすぐだった。
大きな国道を渡らなければならなくて、歩道橋を渡った。歩道橋の上からは、もう既に海岸の波打ち際も見えるくらい近くて、僕の胸は高まった。

僕らは一気に階段を降り、いつもの細い道から公園に向かった。
見上げると、もうすぐそこに大きな松の木が見えていた。
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これがわたしがこの絵を描く時に思い描いた記憶のような情景です。
タイトルは、この絵を味わいながら、この世界に自分入ってみたり、または実際に自分の目でこの絵を鑑賞したり、その時に起こる心の内側の感覚を少しでも多く感じていきます。
そこで生まれる感覚を言葉にし、タイトルとしていきます。

作品タイトルからイメージを掴む

ストーリーはフィクションですので、このようにリアルな光景が思い浮かぶわけではありません。
しかし、この絵を感じることで浮かび上がってきたイメージばかりです。
小さなイメージの断片を捕まえ、その小さな感覚を膨らまし、言葉にしていきます。
そのイメージを膨らませるという感覚は、連想とはまた違い、あくまでもその感覚からさらにインスピレーション、直観を感じていく。ということです。

海 → 空 の「空」は連想で思い浮かんだイメージと言えます。

連想かな?と思ったら、また心をまっさらにし、作品を思い浮かべます。
作品を見ても目をつぶって思い描いても構いません。

海 → 芝生 のように一見関わりのないようなイメージ。

後者のように関係ないような感覚のイメージはインスピレーションの可能性が高いので、そのようなイメージを書き留めていきます。

インスピレーションや直観は、適当なものではなく、一番自分の本心が隠れている大事な要素です。
心を無にし、浮かんできてイメージを掴み取りましょう。

作品タイトルを重視しアートを鑑賞する人には何が起こるのか

それではそこを解説していきます

あくまでもこれは一つの例でありますので、基本的には見る人ごとにアートの鑑賞方法はあると思います。

気に入った作品に出会う

作品を見る中で、「この作品はなんだろう?」という感覚が起き、その作品の前に足を止める。
そこで自分の内側では何が起こるのか。
その足を止めたという事実は、そのアート作品が何かしら自分の忘れていた記憶の蓋をノックした。という意味でもあります。
その時、アート作品のタイトルも含めて鑑賞することによって、自分の胸の中の感覚など身体感覚に耳をすませながら、内側から湧いてくるインスピレーションを捉えます。
そのインスピレーションから一番思い起こさせられるのは、小さい頃などにあった楽しかったことや嬉しかったこと、または悲しかったことなどの、遠く昔の記憶が含まれることが多いと思います。

自分だけが気に入った作品との出会いで得られること

自分が思わず足を止めた作品には、小さい頃などの忘れてしまった記憶などを読み起こさせる力があります。
そこでさらに作品タイトルを合わせて鑑賞することによって、心の奥を感じどのような記憶が蘇るのか、自分の身体の中の感覚などを繊細に読み取ります。
そうしてそのタイトルを含めたアート作品から感じられた想いは、自分の抱えきれないネガティブな苦しさなどを今の自分と統合してくれます。
統合というとわかりにくいかもしれませんが、解釈が変わる。と言った方がわかりやすいでしょうか。

どうしても今まで拭いきれなかった、抱えきれないネガティブな思い。
どうしてか、人とうまく接することができない、
どうしてか、仲良くなると自分から離れようとしてしまう。
どうしてか、他人から言われる共通の辛い言葉がある。
そのように原因はわからないけれど、自分を苦しめる現実を一つや二つは誰もが体験しているのではないでしょうか。

現実の悩みには、自分でも忘れてしまった記憶の中にその原因が隠されていたりすることがあります。
例えば、小さい頃いつも親にあんな言葉を言われ続けていた。
小さい頃親にこんな風にしなさいとしつけられていた。
などと、それらが自分が納得できないことであっても、徐々にそのような影響を受け続けると、いつの間にかそれを自分の価値観として自我を形成していってしまう。
それらも親が自分にかけてくれた愛情であることは確かなことなのですが、それが自分らしく生きていくことを阻害してしまうことは多々あるのです。

今は忘れてしまったけれど、その小さい頃親から受けたプログラムが今でも動いてしまっていて、
そのプログラムが、自分の価値をないものとしてしまったり、自分は何もできないと思い込んでしまっていたり。
するとその思いを反映させた現実を作り続けてしまうということが起こってきます。
そのプログラムは止めたくてもなかなか止めれません。
人はそのように、大人になっても自分の中の役に立たない信じ込みによって苦しみを作っていく。

しかし、アートによって、その小さい頃の原風景を思い出し、親から受けたその自分らしさを奪ってしまうやり取りよりも、もっと楽しかった親とのできごとを思い出したり、忘れていた楽しかった記憶などを思い出したり、改めて小さい頃の自分の人生をやり直す。

すると自分の中に、ああ自分は親から愛されていたんだ、自分はあんなことやこんなことをして幸せだったんだな。という記憶を上書きできるのです。
その時自分の心の中を観察すると、胸の奥の方に、暖かいじんわりとする感覚が味わえるはずです。
そうして小さい頃の思い出の解釈を変えることによって、ネガティブ信じ込みは初めて解消されていきます。

そのように自分が心を奪われる作品に出会えれば、それは自分の力では到底降りていかれないような心の奥深くにまで降りていかれます。
そして作品タイトルが、作家が描く時に、自分の心と深く寄り添ったタイトルであるのならば、さらに奥深くの自分の記憶まで連れて行ってくれます。
そうしてアート作品を使い、自分の中の生き直しが行われたりするのはとても良くある話であります。
現に私も自分自身がアート作品を制作し、タイトルをつける過程において、様々な癒しが起こってきます。
ですので、私自身は、自分を癒すために作品を制作してきた。その役目がとても大きいです。

アートは、自身の美術の技術を振る舞う場だけではなく、人の心を動かし、その人が解決できなかった心の問題までも解決する。
それはアートの大きな醍醐味であると思います。

そしてわたしはさらにもう一つ、上記でご紹介したように、作品に対して小さなストーリーをつけています。
これは単なる余興ではありますが、私はより、アートを見ていただく方々に、自分の心の奥まで旅をして欲しいと強く願っています。
そして自分自身も絵の具を塗るだけではなくて、様々なストーリーと出会える喜びもあります。

アート作品や言葉たちが、どこまであなたの心の奥を見せてくれるのか、それは見たあなただけが感じることのできる、素晴らしい体験になるはずです。

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